- 「夫が認知症になり、一緒にいることが辛くて仕方ない…」
- 「認知症で判断力がない配偶者と離婚するにはどうすればいい?」
認知症は脳に障害が起き理解力・判断力が低下し、日常生活がうまく行えなくなる状態です。配偶者が認知症になった場合、一緒に生活することが辛いと思う方もいるでしょう。認知症の症状の対応に毎日悩まされるようになり、現在の状況から解放されたいと考えるのも無理のないことです。
今回は配偶者の認知症を理由に離婚ができるかどうかを中心に解説をします。認知症の方との離婚手続きを進めるための手順や注意点についても紹介していますので、配偶者の認知症を理由に離婚を考えている方は参考にしてください。
配偶者の認知症で離婚が認められるケース
認知症は脳の障害により判断力に支障が出る病気です。そのため配偶者が認知症になった場合、離婚するのは極めて難しいのではないかと思う方もいるでしょう。相手が認知症だから離婚ができないということはありませんが相手の認知症の進行具合によって離婚までの対処法が異なります。
相手の同意があれば離婚ができる
まず離婚理由が何であれ夫婦の合意があれば離婚は可能です。配偶者の判断能力に問題がなく話し合いができる場合、相手の同意が得られた時点で離婚ができます。
話し合いで離婚に同意してもらえない場合は家庭裁判所で離婚協議を行い、それても同意が得られない場合は裁判によって離婚を認めてもらうことになります。
認知症レベルによって離婚までの手順が異なる
相手が認知症と診断されている場合、症状の進み具合によって離婚を認めてもらうための手順が変わります。
相手と会話が成立する場合
認知症と診断されている場合でも症状が軽度で会話ができる状態であれば、離婚が自分の生活にどのような影響をもたらすか判断ができる上、自分の意思表示もできます。
そのため会話が成立する場合は、相手と話し合いをして合意を得られれば離婚が可能です。認知症でない方と離婚する際の手順と同様、もし相手が同意しない場合は離婚調停、離婚裁判で離婚を決定することになります。
相手と会話が成立しない場合
認知症が進行しており会話が成立しない場合は話し合いによる離婚はできません。そのため離婚裁判によって離婚を認めてもらうことになります。
ただ配偶者との会話が難しいほど認知症が進んでいる場合は判断能力がないとみなされるため、本人を相手にした訴訟はできません。その場合成年後見人を選任し、その成年後見人に対して離婚裁判を提起します。
成年後見人とは、成年している人の判断能力が不十分な場合、代わりに法的行為を行う人のことを指します。既に自分が成年後見人になっている場合、成年後見監督人(成年後見人を監督する人)を相手に裁判を申し立てます。
認知症そのものは法的離婚事由にならない
裁判で離婚を認めてもらうためには、民法で定められている法的離婚事由に該当する必要があります。法的離婚事由として以下の5つが挙げられます。
- 不貞行為があった
- 悪意の遺棄があった
- 3年以上生死不明である
- 回復の見込みのない強度の精神病である
- その他婚姻を継続し難い重大な事由がある
認知症は4つ目の「回復の見込みのない強度の精神病」に該当するのではないか、と思う方は非常に多いです。しかし実際に強度の精神病を理由に離婚が認められるケースはごく稀です。
強度の精神病を理由に離婚する場合、精神病を患っている側が離婚した後も療養生活を送れるかどうかが非常に重視されます。もし離婚後の生活に目途が立っていないまま離婚した場合、本人を見捨てることと同意になるため、裁判所は離婚を認めるわけにはいきません。
そのため、実際に精神病を理由に離婚を認めてもらうことは極めて難しく、認知症そのものを離婚事由にすることは不可能であると言えます。
認知症の配偶者との離婚が認められた判例
認知症の配偶者と裁判による離婚が成立した判例として、長野地方裁判所による平成2年9月17日判決が挙げられます。
(参考:判例タイムス742号)
アルツハイマー型認知症に罹った妻に対し、夫が離婚を請求した事件です。この判決では認知症そのものを離婚理由にしたのではなく妻が夫のことを忘れてしまい、婚姻関係が破綻したことを理由に離婚が認められています。
この判例からも、認知症は法的離婚事由の「強度の精神病」と判断される可能性は低いということが分かります。相手が完全に自分のことを忘れているなど、夫婦関係が破綻しているとみなされる場合は「婚姻を継続し難い重大な事由」を理由に離婚が認められる可能性があります。
認知症の配偶者を介護する義務はある?
認知症が進行すると一日に何度も同じことを聞いてきたり、食事をしたことを忘れてしまったりなど、著しい記憶力の低下が表れるようになります。家族のことが分からなくなる見当識障害が早い段階から表れるケースもあり、介護する側は多大なストレスに晒されることに。
可能であれば介護から解放されたいと考えるのは無理のないことです。しかし法律上では婚姻関係にある以上、お互いが要介護状態になった場合は介護する義務があります。
婚姻中は配偶者に介護義務がある
夫婦は民法752条において相互協力扶助義務が定められています。夫婦はお互いに協力しなければならず、片方が扶助を必要になった場合、配偶者は自分と同等の生活ができるようにしなくてはいけません。
相手を助けるための介護はこの相互協力扶助義務に含まれています。介護を理由とした離婚は法的離婚事由に該当しないため認められません。認知症を理由とした離婚同様に夫婦関係の破綻を理由にした離婚を模索することになります。
介護費用を相手の親族に請求できる場合がある
民法877条においては、親族に扶養義務があることが明記されています。
(扶養義務者)
第八百七十七条
直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
引用元:E-Gov 法令検索|民法
ただ医療福祉の場においては、扶養義務者は本人と生計を同一にしている人が優先されます。自分が配偶者と一緒に過ごしているにも関わらず、離れて住む相手の親や兄弟に介護を任せることは現実的ではありません。しかし介護のための費用が捻出できない場合、法律上扶養義務のある相手の親族に介護費用を請求できる可能性があります。
離婚後も直系血族には介護義務がある
離婚が成立すると夫婦の扶助義務は当然無効となるため、相手を介護する義務はなくなります。しかし直系血族や兄弟姉妹の扶養義務は失われることはありません。そのため元配偶者の間に子どもがいる場合、子どもの親に対する扶養義務は法律上存在し続けるということです。離婚であなたが子供の親権を得られたとしても、相手と子との親子の縁は切れません。
しかし扶養義務は強要できるものではなく、余力の範囲内で行うべきことです。金銭的・時間的余裕がない状況で介護を引き受ける必要はありません。ただ元配偶者が生活保護を受けることになった場合、子に対し申請者を扶養することができないか確認をする扶養照会が必ず行われることに留意してください。
認知症レベルに応じた離婚手続きの流れ
ここからは認知症を患った配偶者との離婚について、具体的な手順を解説していきます。先にお伝えした通り、認知症の進行度合いによって手続きの流れは異なります。軽度の場合と重度の場合・会話が困難な場合の二つに分けて確認をしていきましょう。
軽度の場合
認知症が軽度であり相手と会話が成立する場合は認知症でない方と同じ手順で離婚手続きを進められます。理由に関係なく、相手の同意が得られれば離婚手続きが可能です。
離婚調停を申し立てる
もし相手から同意を得られなかった場合、家庭裁判所に離婚調停を申し立てます。離婚調停は正式には夫婦関係調整調停と呼び、調停委員を介し相手と離婚について話し合う手続きのこと。子の親権や養育費、財産分与等についても話し合いができます。
離婚調停の具体的な内容や手順、かかる期間については以下の記事で詳しくまとめています。
離婚調停の期間を短く有利にするには?長引く原因や疑問を解決して新たな一歩を
離婚訴訟を提起する
離婚調停が不成立となった場合は離婚訴訟を提起し、裁判によって離婚を認めてもらいます。法的に離婚を認めてもらうためには先に触れた法的離婚事由が必要です。認知症だけを原因とした離婚はできないため、それ以外の理由を根拠に離婚申し立てを行います。
離婚裁判についての流れ、実際にかかる期間や費用については以下の記事でまとめていますので、併せてお読みください。
離婚裁判の期間を手続きの流れごとに解説!長引くケース・期間を短縮する秘訣とは?
重度の場合・会話が困難な場合
相手の認知症が重度の場合、会話が困難な場合は相手本人との離婚交渉はできません。本人に責任能力がないため、離婚や養子縁組などの法的な手続きもできません。まずは成年後見人を選任し、その後で離婚手続きを進めていくことになります。
成年後見人を選任してもらう
成年後見人とは成年後見制度に基づき判断能力が不十分な人の代わりに契約の締結や解除、法的手続きを行ったり、財産を管理したりする人のことを指します。成年後見人制度には、以下の2種類があります。
- 法定後見制度
- 本人(被後見人)の判断力が不十分な際に採用
- 任意後見制度
- 本人(被後見人)に判断力があるうちに後見人を採用
既に相手の判断力が低下していることが明らかであり医者の診断書が準備できる場合、前者の法定後見によって法定後見人を選びます。
成年後見人になれる人
成年後見人になるために特別な資格は必要ありませんが、以下に該当する人は成年後見人になれません。
- 未成年の人
- 過去に後見人を解任されたことがある人
- 破産手続きを行い、免責許可を得られていない人
- 被後見人に訴訟した事がある人、その配偶者と血族
- 行方不明の人
配偶者自身が成年後見人になることも可能ですが、実際には家族が成年後見人になるケースは少ないです。成年後見人は本人の財産を管理する権利も得られるため、他の親族から反対されたり、財産を巡り親族間のトラブルに発生したりするためです。
裁判所のデータによると、令和4年に実際に成年後見人等(成年後見人・保佐人・補助人)に選任された人のうち、本人の親族は20%に満たず、80%以上が親族以外であり、その大半が弁護士や司法書士であることが分かります。
参考:裁判所|成年後見関係事件の概況(令和4年1月~12月)※pdfファイル
成年後見人認定の手続きは準備する書類が多く、その後の離婚裁判を経て離婚に辿り着くまでには大変な時間と手間がかかります。弁護士や司法書士など専門家に依頼をすることを強くお勧めします。
成年後見人を選ぶ手順
法定後見によって成年後見人を選任する場合、医者の診断書や申立書類、親族の同意書(意見書)を準備した上で家庭裁判所に申し立てを行います。裁判所の調査官が本人や申立人、親族の意向を聴取し、後見人候補者の適性も確認します。必要であれば医師に精神鑑定を依頼し、本当に成年後見人が必要かを精査することもあります。
裁判所が成年後見人が必要だと判断した場合、成年後見を始める旨の審判を下します。審判の通知後2週間以内に不服申し立てがない場合、法定後見人は法務局によって登記され、正式に後見人として認定されます。
成年後見人の認定に必要な書類
成年後見人の申し立てに必要な書類は以下の通りです。
- 申立書類一式(申立書、申立事情説明書、親族の意見書など)
- 本人情報シート
- 戸籍謄本(全部事項証明書)1通
- 介護保険被保険者証、身体障害者手帳などの写し
- 本人の財産等に関する資料
成年後見人は本人の財産も管理する権限が与えられますので本人の推定相続人にあたる親族から意見書を取得する必要があります。推定相続人は配偶者以外に本人の子、父母、兄弟が該当します。意見書作成が難しい高齢者、全く付き合いがない等の理由で書類作成が困難な親族、未成年者の意見書は必要ありません。
親族の同意書がなくても成年後見人の手続きは進行できますが、審理の期間が長くなる上、医師による精神鑑定が必要となり費用が追加でかかる可能性が高いです。
成年後見人に対し離婚訴訟を提起
正式に成年後見人が認定された後、成年後見人を相手に離婚訴訟を提起します。成年後見人は本人の代わりに身分行為(養子縁組・婚姻・離婚)を行う権利まではないため、成年後見人と話し合って離婚ということはできません。ただ法的行為は代理できるため、訴訟によって離婚を進めます。
裁判所で離婚を行うためには、訴訟より先に調停を行う調停前置主義が原則です。しかし成年後見人が相手の場合は例外であり、最初から訴訟を起こすことになります。
ただ成年後見人が相手の離婚訴訟でも、法的離婚事由がなければ離婚は認められません。前の項目で解説をした通り、認知症を患う配偶者と離婚したい場合は夫婦関係が修復不可能であることを理由に離婚訴訟を進めましょう。
認知症の配偶者と離婚したいなら弁護士へ相談を
ここまで認知症の配偶者と離婚するための手順を具体的に紹介しました。認知症が軽度であれば、話し合いによって離婚手続きが進められる可能性は充分にあります。
しかし認知症が進行し、離婚に向けての話し合いが難しい場合は成年後見人を立てた上で離婚訴訟を行うことになります。成年後見人の認定、訴訟両方の手続きを経なくてはならないため、手間と時間、精神的なストレスがかかります。認知症の方と離婚をしたいのであれば弁護士に相談をしましょう。
離婚成立の見通しが立てられる
離婚は離婚届を提出すれば成立する手続きですが、いざ実際に離婚するとなると一筋縄ではいきません。夫婦で共有している財産は分割が必要であり、未成年の子がいる場合は親権や養育費の話し合いも不可欠です。
ましてあなたが認知症の配偶者を介護する状況にある場合、相手を置いて勝手に離婚することは困難でしょう。本心では離婚をしたいと思っていても、現在の状況からどう動けばよいか分からず、途方に暮れている方もいるはずです。
そこで弁護士に相談することにより、離婚に向けてどのような行動を取ればよいか的確なアドバイスを受けられます。認知症の進行具合も踏まえ、まずは成年後見人認定の手続きが必要なのかどうかなど離婚に向けた具体的な指針を提示してもらえます。
成年後見人の手続きも任せられる
相手に判断能力がない場合、成年後見人を立てた上で離婚訴訟を行うことになりますが、成年後見人認定の手続き自体が簡単には行えないものです。申立に必要な書類は膨大な上、親族の同意も必要です。
成年後見人の申立手続は弁護士に依頼ができる上、成年後見人として弁護士を認定することも可能です。親族からの同意書の取得も一任できるだけでなく、親族以外の第三者を後見人にすることで親族の同意も得やすくなります。離婚訴訟やその後の財産分与等の手続きもスムーズに進められます。
相手との交渉を一任できる
認知症が軽度であれば話し合いで離婚できるということを先にお伝えしましたが、離婚協議は精神的な負担が大きくかかります。相手が離婚に前向きでない場合は財産分与や親権についてあなたに不利な条件を突きつけるケースは珍しくありません。またいくら軽度といっても、認知症の症状のある配偶者と話すことに負担を感じている人もいるのではないでしょうか。
弁護士に離婚問題を依頼することにより、相手との交渉を全て請け負ってもらうことが可能です。相手側から不利な条件を提示されても厳正に対処し、依頼者に有利な離婚ができるよう最善を尽くしてくれるはずです。
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まとめ
配偶者が認知症になった場合、今までのような婚姻生活を送ることは難しくなります。しかし認知症の相手と離婚することは簡単ではありません。相手に判断能力がない場合は相手と離婚について具体的な話し合いができません。
認知症の相手と離婚をしたいと思っている場合は法律事務所に相談をしましょう。弁護士に相談することにより、離婚に向けてどのような手段を取っていけばよいか、具体的なアドバイスを得られます。必要な手続きや交渉も代行してもらえますのでストレスなく新しい生活に向けた準備を進められます。